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東京地方裁判所 昭和29年(レ)213号 判決

控訴人 帝国産金興業株式会社

被控訴人 古川浩

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求(当審において訂正の分を含む)を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、当審において請求の趣旨を「控訴人は、被控訴人に対し、昭和二十八年四月二十八日開催の株主総会においてなされた株式併合の決議に基いて併合された、訴外桑原恵津子名義の控訴会社の旧株式五十株(路第二八五九号)に代る新株式五株につき株主名簿を被控訴人名義に書換えの上、右新株券五株を引渡せ」との判決を求める、と訂正した。

被控訴代理人は、請求の原因として、

(一)  被控訴人は昭和二十八年七月十日訴外桑原恵津子から同人名義の控訴会社株式五十株(一株の金額五十円、株券番号路第二八五九号五十株券一枚)を、株券の裏書により譲渡を受けた。

(二)  そして同日直ちに控訴会社に右株券を提出して、この株式につき株主名簿の書換を請求したところ、控訴会社は同年同月二十日迄に名義書換手続を履行する旨約した。

(三)  ところで控訴会社はこれよりさき同年四月二十八日開催の株主総会において従来の額面五十円の株式十株を併合して額面五百円の株式一株とする旨の、株式併合の決議をし、同年五月一日各株主に対しその旨及び株券を同年八月二十日までに提出するよう通知するとともに、同年五月九日定款所定の官報による公告の方法でその旨公告した。

(四)  従つて控訴会社の株式はこの株券提出期間の満了した同年八月二十日の経過とともに併合の効力を生じ、被控訴人が取得した前記株式五十株も額面五百円の新株式五株となつた。よつて控訴会社は被控訴人に対し右株式につき株主名簿を被控訴人名義に書換の上、前記旧株券五十株に相当する新株券五株を被控訴人名義で発行し、これを被控訴人に交付する義務があるので、その履行を求める。

と陳述し、

控訴人の主張に対し

(一)  控訴人主張の二、の事実中本件株券の裏書が、裏書人である訴外桑原恵津子の署名又は記名なくして同人の認印を押捺することによつてのみなされたことは認めるが、株券の裏書については商法第二百五条によつて準用される手形法第十二条ないし第十六条の規定により手形と同様白地裏書の方法によることが許されており、株式の譲渡が株券の裏書欄に捺印をするのみでなされた場合には、その記名の補充権が被裏書人又はその後の株券の取得者に授与され、この補充がなされたときは、譲渡の方式はこれによつて完備し株式譲渡の効果を生じたものと解して差支えはないのである。裏書人の捺印のみによる株式の譲渡方法は、現在市場の多くの取引において行われ、既に商慣習となつているので、本件株式譲渡も何ら怪しむところなくこの方法が採られたのである。そして被控訴人は控訴会社からその主張の日に本件株券が返送された後、この補充権に基いてその裏書欄に桑原恵津子と記入して裏書人の記名を補充したからこれによつて本件株式譲渡の方式は完備され、譲渡はその効力を生じたのである。この補充は併合のための株券提出期間経過後になされたものであるが、株券は株式そのものではなく株券が失効しても株主権が失われるわけではないし、旧株券が回収され併合新株券が発行されるまでは旧株券はやはり株券として取扱われなければならないから、譲渡の当事者間において異議なく名義書換の請求がなされたならば会社は当然これに応ずる義務がある。されば本件においても、控訴人は被控訴人の名義書換請求を拒否し得ないのである。

(二)  控訴人主張の三、の事実中、被控訴人が昭和日日新聞という新聞を発行しており、その紙上に控訴人引用の記事を掲載したことは認めるが、その余はすべて否認する。控訴人が主張する商法第四九八条第一項第一一号にいう正当の事由とは控訴人主張の如き趣旨のものではない。

(三)  同四の事実中、被控訴人が本件株式について名義書換の請求をした当時は、控訴会社の株式について併合のため株券を提出すべく定められた期間中であつたこと、控訴会社がその主張の日に本件旧株券を被控訴人に返送してきたこと、は認めるが、その余の点は争う。被控訴人が本件株券を控訴会社に提出したのは名義書換のためであつたが、当時はもとより名義書換が停止されていたわけではなく、しかもたまたま控訴会社において株式併合のための株券提出の催告期間中であつたから、控訴会社は当然右株券が名義書換と共に株式併合のため提出されたものとして取扱い、株主名簿を被控訴人名義に書換えた上、被控訴人に対し併合後の新株券五株を発行交付すべきで、控訴人がその後右旧株券を被控訴人に返送しても、控訴人のこの義務には何等の影響もないのである。

と陳述した。

控訴代理人は、本案前の抗弁として、

(1)  本訴請求は、その目的物が特定されていないのみならず、(2)  被控訴人が引渡を求める新株券は控訴会社においていまだこれを発行していないから、その引渡を求める被控訴人の請求は将来の給付をもとめるものであるところ、被控訴人はあらかじめこの請求をなす必要について何等主張立証をしていないから、本訴は不適法として却下さるべきである。

と述べ、本案について

一、被控訴人主張の請求原因(一)の事実は知らない。

同(二)の事実中被控訴人がその主張の日にその主張の株券につき控訴会社に名義書換を請求したこと、控訴会社の係員が被控訴人主張の日までに右株券上の名義書換をなす旨約したことは認めるが、右請求が株主名簿の名義書換請求であつたことは否認する。

同(三)の事実は認める。

同(四)のうち、被控訴人主張の日にその主張の株式併合の効力が生じたことは認めるがその余の点は争う。

二、被控訴人は訴外桑原恵津子から同人名義の控訴会社株式五十株の裏書譲渡を受けたというが、株券の裏書の方法による株式の譲渡は商法第二百五条によつて準用される手形法第十三条により裏書人の署名又は記名捺印を要するものなるところ、被控訴人主張の右株券には、その裏書欄に「桑原」なる印影があつたのみで、同人の署名又は記名がないから、右裏書は法定の要件を欠くものであり、従つて被控訴人はいまだ有効に本件株式を取得していないのである。被控訴人はその後右裏書欄に裏書人である訴外桑原恵津子の氏名を記入して補充したというが手形法においても裏書人自身の記名の補充は認められていないから被控訴人がその主張のように裏書人の記名を補充しても裏書の効力はやはり生じないのである。

三、また被控訴人は、世上「会社荒し」「総会屋」「会社ゴロ」などといわれる者の代表的な人物であつて、多数の会社の株式を取得して或いは会社重役の側に立ち、或いはその反対側に味方して、株主総会においてその議決権を悪用して総会の正常な運営を乱し、その意に従はないときは総会における発言によつて又はその発行する新聞雑誌等によつて攻撃するなど、あらゆる手段によつて、これを脅迫し不正の利益を得ることを常習としているものである。被控訴人が控訴会社の本件株式の譲渡をうけたのもこれを利用して不正な利益を得ようとする意図にいでたものであつて、この事実は、(1)  控訴会社が本件株券について名義書換の請求を受けた後調査したところによると、被控訴人が本件株券を買受けたのは、同じく著名な総会屋であつた訴外亡亀掛川紀夫から「帝産(控訴会社)の株を買え、そうすれば自分が仲に入つて君(被控訴人)の経営する昭和日日新聞に輪転機の一台(当時七十万円位)ぐらいは買はしてやる」とそそのかされたのが動機となつていること、(2)  控訴会社の業績は戦後は全く振はず、その株式は無配当を続けていて、もとより上場されておらず、これを取得してもほとんど何等の利益も予想されないものであること、(3)  被控訴人は控訴会社が本件株券の名義変更を拒否していることを攻撃して、自ら発行する昭和日日新聞の紙上において「いつまでも下手な真似をしていると断呼揮い起つて根こそぎ洗つて踏み潰してやらねばならない」その他の記事を掲載してあらゆる罵詈ざん謗を敢えてしていること、等によつて明白である。されば、(イ) 被控訴人の本件株式の譲受はその動機において違法であつて公序良俗に反し無効である。(2)  仮りに右譲受が無効でないとしても、会社は正当の事由あるときは株券の名義書換を拒否し得ることは商法第四九八条第一項第一一号の規定により明白であるところ、以上の如き意図の下に譲受けた被控訴人の本件株式について控訴会社が名義書換を拒否するのは、多数の他の善良な株主及び会社の正常なる運営を擁護するため当然の措置であつて、正当な事由がある場合に該当し許さるべきである。(3)  仮に右理由なしとするも前記の如き事情の下になされる被控訴人の本件名義書換請求権の行使は権利の乱用であつて許されないものと解すべきである。

四、仮りに然らずとするも控訴会社が被控訴人から本件株券について名義書換の請求を受けた昭和二十八年七月十日当時は被控訴人主張のとおり控訴会社の株式について併合のため株券提出の期間中であつたから、控訴会社は右株券を併合のため提出されたものとして預かるべきであつたのを係員が誤つて名義書換のためとして預かつたのであるが控訴会社はこれを拒否したまま併合のための株券提出期間を経過したので右旧株券はこれによつて失効したのみでなく、被控訴人は前記のとおり控訴会社を誹謗したほか、控訴会社が本件株券を横領したものとして告訴し、強いてその返還を請求したので、控訴会社は被控訴人から預つた右旧株券五十株を昭和二十九年十一月二十四日被控訴人に返還し、現在控訴会社の手許にはないのである。而して控訴会社の定款によると株式の名義書換については取締役会の定める株式取扱規則によるべきで、この規則には株式の名義書換請求をなす場合には会社所定の請求書に裏書ある株券を添えて提出することを要する旨定められ、名義書換の際株券が会社の手中にあることを要するが、本件旧株券は前記のように既に返還されて会社には存在しないから、この株式について名義書換をなすことはできないし、いずれにしても旧株券は既に失効した以上、この旧株券の裏書によつて株式の譲渡及びその名義書換をすることはできないものといわなければならない。控訴会社は本件株式についてさきに訴外桑原恵津子に対し併合の通知及び株券提出の催告をしているから、被控訴人は同訴外人が適法な手続によつて発行を受けた新株券について、あらためて譲渡の方式を践んでこれを譲受けるよりほかないのである。控訴会社が被控訴人より本件旧株式について名義書換のため株券を預つた際、これを同時に株式併合のため提出されたものとして、その手続をするのが至当であつたとしても、これなくして右提出期間を経過した以上は、旧株券はやはり失効したものとして取扱はざるを得ないのであつて、そのため被控訴人に対して何等かの損害を生ぜしめ、それが仮りに控訴会社の過失に起因するものならば、被控訴人は控訴会社に対し損害賠償の請求をなし得るのみである。

五、仮りに以上のすべてが理由なしとするも、本件株式について控訴会社の株主名簿はいまだ被控訴人名義に書換えられておらず従つて被控訴人は控訴会社に対して株主たることを主張し得ないから、被控訴人の本訴請求中少くとも新株式の引渡を求める部分は失当である。

と陳述した。

証拠として、被控訴代理人は、甲第一号証(甲第二、三号は欠)甲第四ないし第七号証の各一、二、甲第八、九、十号証を提出し、原審証人川野啓蔵の証言及び当審における被控訴本人尋問の結果(第一、二回)を援用し、乙第一号証、乙第二号証の二、乙第八号証の一ないし十、乙第十三号証の各成立は知らない、その余の乙号各証の成立を認めると答え、

控訴代理人は、乙第一号証、乙第二号証の一、二、乙第三、四号証乙第五号証の一、二乙第六号証の一、二、三、乙第七号証乙第八号証の一ないし十乙第九ないし第十三号証乙第十四ないし第十六号証の各一、二、乙第十七、十八、十九号証を提出し、原審及び当審証人川野啓蔵(当審においては第一、二回)当審証人木村弥三郎、同小西光彦の各証言を援用し、甲第一号証、甲第四、五、六号証の各一、二の成立を認め、その余の甲号各証の成立は知らない、と答えた。

理由

一、控訴人主張の本案前の抗弁について。

控訴人は先づ被控訴人の本訴請求は特定されていないと主張するが、この主張の趣旨は明瞭でなく理解に困難であるが、いずれにしても本訴請求の趣旨は、控訴人に対し訴外桑原恵津子名義の控訴会社株式五十株について株主名簿を被控訴人名義に書換えの上、右株式併合後の新株券五株の発行交付を求めているのであつて、被控訴人が求めている給付義務の内容及び範囲はこれによつて明確に一定されているから、この点に関する控訴人の主張は理由なきこと明かである。

次に控訴人は、本訴請求は将来の給付を求めるものであるというが、それが現在の給付義務の履行を求めているものであることは、被控訴人が請求の原因として主張するところによつて明白であるから、この点に関する控訴人の主張もまた採用の限りでない。

二、本案について。

被控訴人は昭和二十八年七月十日訴外桑原恵津子から同人名義の控訴会社株式五十株(一株の金額五十円)の譲渡を受けたと主張するので、先づこの株式譲渡が有効になされたか否の争点について判断する。

右株式の譲渡が同訴外人名義の控訴会社発行の五十株券(記号番号路第二八五九号)について裏書の方法によりなされたものであること、右裏書は単にこの株券の裏面に同訴外人が捺印することによつてなされ、その署名又は記名はなかつたことは当事者間に争がなく、当審における被控訴本人の供述(第二回)及び本件口頭弁論の全趣旨によると被控訴人は名義書替のため控訴会社に提出した右株券を同会社より昭和二十九年十一月二十四日返送を受けた後自ら右株券の裏書欄に桑原恵津子と記入して裏書人の記名をしたことが認められる。ところで記名株式を株券の裏書によつて譲渡する場合には、その裏書について手形法第十三条の規定が準用されている(商法第二百五条第二項)から、その形式的要件として裏書人の署名又は記名捺印がなければならず、この要件を欠く裏書は裏書としての効果を生じないものと解せざるを得ないところ、本件株式譲渡においては、被控訴人が株券を名義書換のため控訴会社に提出した当時は、裏書人たる桑原恵津子の捺印があつたのみで、その署名又は記名はなかつたこと前記のとおりであるから、この裏書はその形式的要件を欠き、その効力を生じていなかつたこと明かである。このような場合一般的には特別の事情がない限り、株式の譲渡人が株券の交付と同時に自己の記名の補充を譲受人に委託したものと解し得るとしても、裏書の(従つて株式譲渡の)効果は譲受人が譲渡人の記名の補充をしたときに初めて生ずるものと解釈せざるを得ないところ、本件において被控訴人が裏書人たる訴外桑原恵津子の記名の補充をしたのは前記のとおり昭和二十九年十一月二十四日以後であるところ、これよりさき控訴会社は昭和二十八年四月二十八日開催の株主総会において株式併合の決議をし、同年五月一日各株主に対してその旨及び株券を同年八月二十日までに提出すべき旨通知し同時にその公告をなしたことは当事者間に争がなく、従つて被控訴人が裏書を受けた前記株券も右催告期間満了の日である同年八月二十日の経過と共に既に株券としての効力を失つていたから、その後右株券に裏書人の記名を補充しても最早法律上何等の意義を有せず、もとより前記のような意味での裏書の補充たる効力を生ずるに由なかつたものといわざるを得ない。されば右裏書は結局その要件を欠く無効のものであり、従つて被控訴人は本件株式を取得しえなかつたものというべきである。被控訴人は株券の裏書についても手形法所定の白地裏書の方法によることが許され譲渡の効力はこの裏書ある株券の交付と同時に生ずるものの如く主張し、既に商慣習となつているというが、裏書人自身の記名については、前記の如き趣旨以外に白地裏書の観念を容れる余地はなく、捺印のみによつて裏書の効力が生じたとして取扱う如き商慣習の存在は、本件の全証拠によるもこれを認め難いのみでなく、強行法規たる前記法条の解釈上これを否定せざるを得ないから、被控訴人の右主張は到底採用に値しない。被控訴人は更に、株券は株式そのものではなく、株券が失効しても株主権には影響がないといい、(この主張の趣旨は必ずしも明かでない)、また株式併合の場合には併合新株券が発行されるまでは旧株券は株券としての効力を持続すると主張するが、本件においては、被控訴人が控訴会社の株式を有効に取得したか否かが問題とされていて、これを否定せざるを得ないことは前記のとおりであるから、この株主権を取得したことを前提とする被控訴人の右前段の主張は理由なきこというまでもないし、株式併合の場合においては株券提出期間の満了と共に旧株券は株券としての効力を失い、従つてその後はこの株券による株式譲渡をなし得ないことは、商法の一部を改正する法律施行法第十条によつて準用される商法第三百七十七条の規定の解釈上明かであるから、被控訴人の右後段の主張もまた理由なきこと明かである。

よつて被控訴人がその主張の株式を適法に譲受けたことを前提とする本訴請求はすべてその余の各争点について判断するまでもなく失当たるを免れないから、被控訴人の本訴請求はこれを棄却すべきであつて、これを認容した原判決は不当として取消すべく、訴訟費用につき民事訴訟法第九十六条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松永信和 篠原弘志 糟谷忠男)

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